函館紀行〜雪が積もる頃に (1)

 九州で生まれた人間として、雪には憧れがある。テレビの画面やラジオから伝わる雪のイメージは、「華やかさ」や「楽しさ」、「ロマンティックさ」であり、雪にはポジティブなイメージがあった。

そんな「雪」に対してのイメージを改めさせてくれたのが、GLAYの「Winter,again」だった。リリースは99年の2月だが、私はラジオで、前年のクリスマスには聴いていた。感想を聞かれた友人に「暗くて重い曲」という感想を語ったことを覚えている。

「Winter,again」は、クリスマスソングに代表されるような、「冬の華やかさ」や、「雪に彩られたロマンティックな恋」を歌った曲ではない。冬の厳しさ、冷たさ、その中に自分の恋人への想いを語った曲だ。曲調も重く、深い。初めて聴いた時は「重い曲」と感じたが、次に思ったのは、自分の冬、雪に対する、無神経とも言える憧れへの反省であり、北国に生きる人達への敬意だった。

 GLAY自身も「自分たちは明るいクリスマスソングは作れないね」と笑いながら語っていたのを覚えている。後続する「Missing You」や「時の雫」、「ホワイトロード」といった冬の曲達も「Winter,again」同様、重い曲調であり、冬の寒さの中に、人の温もりを歌った曲になっている。函館で生まれ育ったGLAYだからこそのウィンターソングだろう。

 函館には二回行っている。一度目は2003年の3月に大学の卒業旅行として行った。その時は、函館山を中心として、GLAYがデビュー直後に出演した、地元のコミュニティFM局・「fmいるか」や、函館駅近くの、彼らが高校時代に出演したライブハウス「あうん堂」や「金森ホール」に行った。

 私が函館を旅した直後に、「Art Style of GLAY」がオープンしている。「記念館」ではなく、GLAYをテーマにした作品のギャラリーだという。絵や写真といった「平面」の作品だけではなく、映像やオブジェも展示しており、彼らが好むEXPO館とスピリットを同じくした美術館だと言える。
「いつかは行きたい」と思いながら、2006年。GLAYが所属レコード会社・アンリミテッドグループを離れた事、入場者数の減少に伴い、最終的に2007年1月10日に閉館することになった。
 
 半ば無理やり予定を作り、函館までは「青春18きっぷ」で行くことにした。予算的な側面もあるが、何より「18きっぷ」での旅に憧れを持っていたからだ。2003年に行った折には、国内線の割引を使った上、一泊二日の旅程だった。

 出発したのは2007年の1月4日の夜。岐阜の大垣から快速夜行列車「ムーンライトながら」に乗って東京へ。5日の早朝に東京に着き、北上して、黒磯、郡山、福山から東北新幹線に乗って、米沢を観光し、5日は秋田県の大館という街に宿泊した。明けて6日。大館から青森へ。青森からはフェリーで函館に向かった。フェリーから有名な「函館ドック」を見つけた時は、さすがに感動した。ここまでの道のりや、4年ぶりの函館、感慨深いものがあった。


 函館は雨だった。フェリーターミナルから、バスで函館駅前に。そこから路面電車で「末広町」で降りる。すぐ側に洋館風の建物があった。今回の旅の目的地、「Art style of GLAY」が入っている「ウィニングホール」である。「Art style of GLAY」はこのホールの2・3階になる。同じ建物には有名な「北島三郎記念館」も入っている、というよりも、こちらが先に出来た。

一階の受付でチケットを買って、いよいよ入館。遊園地のアトラクションを思わせるアルミの扉を抜けてすぐが、2階への階段になっている。壁には歴代のツアーグッズがパネルに密封されて展示され、階段には歴代のリリースされたアルバム、ツアーのロゴがプリントされている。この時点で「Art」だと思った。

 2階への階段を上がってすぐの回廊。右手にはデビューシングルの「RAIN」からの、売り上げ枚数が表示された、レコードが並べられていた。



「Art style of GLAY」では、閉館が発表された直後から、それまで限定的に許可されていた写真撮影が、全館を通して許されている。ただし、映像作品の撮影は不許可だったため、簡単にメインスクリーンと「4Dシアター」での作品に触れておく。

 2階中央のメインシアター。内部にはEXPO2001の北海道公演のOPに登場した「GLAYロボ」、北京公演の衣装、HEAVY GAUGEツアー等のステージ模型が展示されていた。メインスクリーンには、歴代PVをインサートした「いつか」のPVや、カラオケ映像風のオリジナルPVが流れていた。メインとしては、2000年に公開された、98〜99年の、一連のpure soulツアーのドキュメント映画、「pure soul “MOVIE”〜ここではない、どこかへ」をいくつかに分けて、上映していることだろう。座り込んでずっと観ている人も多かった。


 向かいの4Dシアターでは、「時の雫」PV監督の信藤三雄の作品と、EXPO2001の北海道公演のオープニング映像を作成した田中秀幸の作品が上映されていた。
 信藤の作品は、紀里谷和明氏が屋久島で撮影した、2003年のHIGH COMMUNICATIONツアーのパンフレット写真をベースに、海から上がったGLAYが屋久島の頂上を目指しながら、「自分は何者か?」を問う作品になっていた。「4D」、いわゆる、「3D」の赤と青のメガネをかけて、立体的に作品を視ると共に、映像に合わせて、天井から水滴が落ちてきたり、風が吹いてくるという、4つ目の演出がなされている。
 田中の作品は、前述の「GLAYロボ」の活躍譚。「4D」の演出としては、前の席の背もたれから、温風が吹いてきて驚いた。また、この作品では、主人公のロボット達にメンバーの名前を借りた他は、GLAYの映像を出していない。この作品で、「Art style of GLAY」が、あくまでも、「GLAY」をテーマとした、アーティストの競演だと理解した。

 館内の様々な作品については、言葉で説明するよりも、実際に写真を観ていただいた方がいいだろう。主な参加アーティストには、上記の信藤・田中の他、画像はないが、「4Dシアター」の通路には、JIROの友人で、GLAYのツアーグッズを多く手掛ける、ODA−G氏、同じくJIROと「ウォーカーブラザーズ東京」を共著した、MAYA−MAXX氏、98年の月刊「feature」(現在は休刊)でGLAYとコラボレーション作品を発表した、横尾忠則氏、2002年の大阪・BIGCATでの男子限定ライブ「男ナイト」のTシャツを作成した、浮世絵作家のツバキアンナ氏ら、GLAYのアートワークの経験者の他、地元函館のクリエイターも多く参加していた。

MAYA-MAXX





「GLAY」というキーワードがある為、立体・映像・平面と作風は違っても、統一感を感じられる。いわば、EXPO館の延長だと思った。
 そういえば、入館する時に、案内と共に、熊の足型のメモをもらった。2階の「GLAYべア」という熊をモチーフとした、マスコットキャラクターの作品がメッセージボードになっていた。作品の周りには、閉館を惜しむ声や、前年末の「ROCK‘N’ ROLL SWINDLE 〜Re-Birth」ツアーの函館公演から日が間もないというわけで、ライブの感想も多く書かれていた。ここで初めて、浮かれた気持ちから、閉館の寂しさに気持ちがクールダウンする。私もメッセージを書いて貼り付けることにした。

 3階には、EXPO2001のEXPO館・HISASHIブースに出品された、レゴブロックのタルボが展示されていた。そういう意味ではHISASHIも「アーティスト」として競演に参加したと言える。HISASHI関連では、雑誌の撮影に使用したという、デロリアンも展示されていた。これは乗車可能で、アクセルを踏むと、HISASHI風?のSEが流れる。

HISASHIレゴタルボ

デロリアン
 
 個人的に気に入ったのは、3階の出口近くに展示されていた、GLAYの4人を四神(中国や日本で東西南北の四方を守るとされる神獣)に見立てた、ツバキアンナの浮世絵だ。グッズショップには浮世絵をプリントされたTシャツが売られていたと聞いたが、残念ながら私が行ったときには売り切れだった。また、出口近くには、GLAYとも親交の厚い、氣志團のメンバーのサインがあった。
続く>




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