晴明

 

安倍晴明--稀代の陰陽師、安倍晴明である。平安時代半ばに実在した人物である。
正史の中で、彼について語られることはない。陰陽師の職掌は、国家機密であり、国家がそれを公にすることはまかり間違ってもできないことだからである。

そもそも、私が晴明を知ったのは、今から××年前、高校の古典の教科書で、その御名を見た時である。

『大鏡』の一節だった。
藤原兼家らの陰謀によって退位に追い込まれた花山天皇。そのことを、天体の動きから察知した清明は、式神をひとり、宮中へ派遣するが、時既に遅く、戻ってきた式神によって、退位が行なわれてしまったことを告げられる。

という有名な話である。
「式神」「晴明」……これらの言葉に釘づけになった。

*「式神」……「しきがみ」「しきじん」ともいう。陰陽師が使役する「鬼」のこと。

晴明の屋敷は、人の気配がないのに、蔀(板張りの、上下に開閉する戸)が開閉したりしていたそうである。それは、晴明が、式神を使ってさせていたことであった。
晴明の妻が、恐ろしい形相の式神を嫌がったので、一条戻り橋のたもとに彼らを置いて、用がある時呼び出して使役したと伝えられている。

先にも書いたが、晴明が正史に登場することはない。彼の活躍を知ることができるのは、『今昔物語集』や『宇治拾遺物語集』などの説話集にとよるところが大きい。
晴明はさまざまな奇跡を行なって、人々を驚かせた。だが決してそれを悪用しなかった。

そもそも陰陽道の導入は、天武天皇に遡る。
天武は自らも「天文・遁甲」をよくしたという。陰陽寮を最初に設置したのもこの人である。
天武は通説では、天智天皇の弟ということになっているが、彼の出自は謎に満ちていて、天武は異国人だった、という説を唱える人もいるくらいである。
確かにこの人からは、大陸の香りが感じられる。この人が異国人かどうかは別としても、新しいものを取り入れる、柔軟な頭脳の持ち主だったことは間違いないであろう。

話が横にそれたが、晴明の話である。
今、晴明が一種のブームのようになっている。かつて、晴明のことを知りたくても、彼に関する資料はほとんどなかった。志村有弘氏の本が図書館にあったくらいだった。(それもそうむかしではない)
今は、それこそ巷間にあふれていて、手に入れることもたやすくなった。が、中には思わず引いてしまいたくなるような物もあったりする。
京都の晴明神社は、若い子たちであふれかえっていると聞く。私もいい加減ミーハーであるが、昨今のブームにはちょっとついて行けない。こと晴明に関しては、昨日今日のファンとはわけが違うのだ、という妙な意識がある。ミーハーにも、こだわりがあるのである。

晴明は陰陽師として高待遇を受けるが、あくまでも、彼が関わるのは闇の世界だった。
夜の闇---魑魅魍魎の世界。今ではおとぎ話の世界でしか語られることのない闇の世界は、かつては確かに存在していた。目に見えぬものの存在、手に触れることはできないが、確かにそれは存在した。
晴明の生きた世界は、失われたものの存在をありありと感じさせてくれる。
それは郷愁にも似て、私を引きつけて止まない。

 

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