≪越後編≫与板(新潟県三島郡与板町)



歴史民俗資料館の前に建つ兼続の銅像


■与板城跡(直江城跡)■

通称「城山(しろやま)」と称すこの城は、兼続が直江家を継いだ後に居城としたものである。全山が自然の城郭の型をなし、さらに人口を加えた豪壮な山城である。
道路の脇から本丸跡への登り口がある。
「城山」近景







おせん清水
兼続の夫人で直江景綱の女・おせんの名を冠した清水。
山頂への途中にある。
雨で道がぬかるんでいる上に下草のせいで、清水そのものは確認できませんでした(^_^;




海音寺潮五郎筆「直江山城守舊城跡本丸」の碑

また兼続の「所望事信一字」の碑が隣に建つ


   本丸跡に建つ稲荷神社

城の一本杉

本丸跡にある。越後から会津に移る際、名残に植えた杉の木という。本当は5本あったらしい。見事な巨木である。

   本丸跡稲荷神社背後に残る土塁
   こうしてみるとただの草叢ですね・・・


■本与板城跡■

越後守護職上杉家の家臣である飯沼氏の居城であった。その後、直江実綱(大和守景綱)、信綱、兼続と、直江氏3代の居城となった。
断崖絶壁の険峻な箇所が多く、戦闘的な山城ということである。




本与板城跡の近景


■都野神社■

延喜式内社にも推されている、与板の総鎮守で、八幡宮ともいう。祭神は筑紫宗像姫三柱大神で、譽田別尊、息長足姫命を合祀している。
本殿に施された彫刻は天保11年(1840年)の再建のとき、当時代の巨匠小林斎源太郎の手によるもので、豪壮なものである。
当神社の説明板に「永正年間直江山城守宇佐八幡宮を勧請」とあったが、この「直江山城守」とは・・・?
都野神社本殿


■徳昌寺■

兼続の菩提寺。
上杉家の米沢移封に伴い、米沢に移ったが、林泉寺と争い、与板に戻った。

杉木立に囲まれた石段を登ってゆくと、どっしりとした構えの山門が目に飛び込んでくる。静かな佇まいの、奥ゆかしい寺院であった。山門へ行く途中の石畳の両脇の苔の緑が目に鮮やかだった。

寺の境内には縄文時代の遺跡もある。


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