白刃

(石田三成の巻)

石田三成は生真面目な男だった。

あるとき、こんなことがあった。
西国に覇を唱えた毛利元就の孫で、彼の後を継いだ毛利輝元が、太閤殿下に贈り物をしたことがあった。
「珍しいものゆえ、ぜひ太閤殿下に。」
輝元の使者は、そう言って慇懃に、櫃を三成の前に差し出した。差し出された三方の上には大ぶりの桃が載せられていた。
時は十月。桃の季節はとうに過ぎている。
「ほう、これは・・・」
珍しいものを差し出され、三成は必要以上に驚いてみせた。その様子に、輝元の使者はこれはしたりと微笑んだ。
「初冬の桃とは珍しい。して、輝元殿の御国ではこの季節に桃が獲れるのかの?」
「いえ、手前どもの国でも、この季節に桃など獲れたためしがございません。それゆえ太閤殿下にこれを・・・」
丁重に平伏する使者の言葉を返すように、三成は目の前の櫃を使者のほうに押しやり、言い放った。「季節はずれのものを殿下が召し上がって、お腹をこわされたらなんとする!帰って輝元殿にお伝えくだされ!」
そう言って席を立ち、後に残された輝元の使者はしかられた子供のように、小さくなって三成の出ていった方を見つめていた。
三成という男は、万事においてこのようなありさまだった。だが、決して、相手に対して悪意があってそうしたのではない。この男、悪意とはおよそ無縁な男であった。ただひたすら、「太閤殿下のため」を思っての振る舞いだった。
けれども、その尊大とも見て取れる三成の態度に、使者は彼の人柄を見て取った。
帰って、主の輝元に、事の顛末を報告すると、輝元は舌を鳴らしてつぶやいた。
「融通の利かない男よ。」

関ケ原合戦のとき、輝元は三成に乞われて西軍の大将となり、大坂城に入った。だが、彼は三成の再三の出馬要請にも関わらず、頑として大坂城を動かなかった。もちろん、このときの一件が、輝元の中で尾を引いていたわけでもなかろうが・・・

水面を渡る風が妙にすがすがしい。旧暦10月1日。今日の暦で言えば、11月半ばの頃であろうか。初冬の季節であったが、風は穏やかで、やわらかな日差しが日溜りを作っていた。
刑場となった京の六条河原には徳川に歯向かった大罪人の処刑を見ようと、京童たちが朝からひしめき合っていた。
身動き取れないように縄で縛られ、衆目の興味にさらされた三成は、自分でも不思議なくらいすがすがしい気持ちであった。
共に捕らえられた小西行長は顔面蒼白で、見ている方が辛くなるくらい痛々しかった。安国寺恵瓊はさすがにもと坊主というだけあって、落ち着き払っているように見える。口元がかすかに動いているのは、お経かなにかを誦しているのだろうか。
一人の僧侶が三人の前に歩み出て、深々とお辞儀をした。命が絶たれる彼らのために、往生のしるべとなるべく、念仏を唱えるためにやってきたのだった。しかし三成は、
「我、罪を得て首を刎ねられるにあらず。武運つたなくかくのごとく命果てなんとす。よって念仏に依りての往生は我が本意にあらず。」
---といったかどうかはわからない。いずれにしても、三成は遊行上人が念仏を唱えようとするのを断り、自己の運命を受け入れた。

三成は静かに目を閉じた。
まぶたの裏に浮かんでくるのは、遠い日の幻影・・・

・・・汗ばむ季節だった。野山を駆けまわり、汗だくになった幼い三成は、家に戻るなり、母に飲み物を所望した。
母は大きめの湯のみに、ぬるめの茶をたてて入れて来た。三成は息もつかずに茶を飲み干した。
「うまい!!母上、もう一杯、いただけませぬか。」
三成の求めに、母は湯のみを受け取ると、奥へ下がり、今度は少し熱めの茶を茶碗半分ほど入れて三成に差し出した。
「少し熱いから、気をつけてお飲みなさいね。」
母から湯のみを受け取ると、今度は少し注意深く、それを飲み干した。
「うまかった!母上、もう一杯、ください。」
しばらくして、母はみたび湯のみを持ってやってきて三成の前に差し出した。今度は小さ目の湯のみに熱いお茶が入れられていた。口に含むとえもいわれぬ茶の芳醇な香りが口一杯に広がった。
「母上、ご馳走さまでした。」
湯のみを母に手渡した三成は、再び木立の中に駆けていった・・・

母の記憶はそのくらいしか三成にはなかった。それからしばらくして、「手習い」と称して三成は寺に預けられたから。
思えば、あのとき母が自分に対してしてくれたことをそのまま秀吉様にしたことによって、自分は秀吉様に見出されたのだった。
自分がたてた茶を飲んで
「うまい!」
と言って満面をほころばせて無邪気に笑って見せた秀吉の顔が、三成は忘れることができなかった。あの笑顔のためだったら、自分は何だってする。そう心に誓った。
秀吉のもとで、その政策の大半を三成は任された。長い戦乱の世がようやく終焉を迎えたのも、自分と秀吉が、二人三脚でことを成してきたからだ、という自負が三成にはあった。
秀吉はよく笑った。秀吉が笑うと、三成も嬉しかった。その笑顔は何物にも代えがたい宝だった。
自分と秀吉が作り上げた世の中という作品を壊そうとするものはなんとしても許せなかった。
「お主は、人の上に立つ器ではない。」
友の刑部の言葉は、三成にはわかりすぎるくらいわかっていた。
それでも自分は立たなければ。秀吉様のあの笑顔を見るために…

背後で人の動く気配がした。雑踏のざわめきも、川の流れも、もう三成の耳には届かなかった。
白刃が日の光を受けて、鋭くきらめいた。
「秀吉様は、また笑ってくださるだろうか・・・」
ぼんやりとそんなことを考えた。
風が通り過ぎたと思った刹那、三成の感覚は失われた。(完)



 

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